九州の旅(佐賀)名護屋城

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名護屋城、朝鮮出兵の拠点として豊臣秀吉に依って築かれた城です。


築城 : 文禄1年(1592年)
形式 : 梯郭式平山城
遺構 : 石垣、空堀
(天守(5重7階)、本丸、二ノ丸、三ノ丸、遊撃丸、水手曲輪、東出丸、弾正丸、台所丸)


名護屋城跡
撮影:



朝鮮出兵のため、朝鮮半島から地理的に一番近いこの地に、中継地点として豊臣秀吉の手によって築城された。慶長3年(1598年)、秀吉が没したために全軍撤収し名護屋城も7年でその役割を終えた。

その後、慶長7年(1602年)に寺沢志摩守広高(てらさわしまのかみひろたか)によって唐津城に移築されたと伝えられる。











広さは名護屋城を中心に170000?u、周囲約3キロメートル内には120ヵ所ほどの陣屋がおかれ、大坂城に次ぐ規模だった様です。
大手門から天守まで周回しながら歩いたが、完全に整備されていない地道のスロープの道も多く、かなりの距離を歩きへとへとに成ったのは言うまでもない。


名護屋城跡





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