大垣城(岐阜)

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JR大垣駅の南部に位置し、関ケ原の戦いの拠点と成った歴史的にも重要な城です。


別名   : 麋城(びじょう)、巨鹿城(きょろくじょう)
築城   : 明応9年 (1500年)
築城主  : 竹腰尚綱
城郭構造 : 連郭輪郭複合式平城
天守構造 : 複合式層塔型3重4階(RC造外観復元・1959年再建 氏家直元、伊藤祐盛)
昭和20年7月戦災で焼失。昭和34年4月に、4層4階の天守閣を再建
遺構   : 天守、乾櫓、艮櫓(外観復元)、門曲輪、石垣
廃城年  : 明治4年 (1871年)
指定文化財: 大垣市指定史跡



1500年(明応9年)に竹腰尚綱によって築城されたとされているが、本当のところは定かでないようです。
城内には、1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦い等に関する資料が展示してある。


天守閣











4層4階の天守と二の丸周りを、四重の堀によって囲み、堅牢な構造にしている。現在では、殆ど堀は埋め立てられ、本の丸(大垣公園)に一部残っているだけだ。


城の構図





関ケ原の戦いでは、西軍、石田三成の本拠地にもなり、本戦部隊がここから関ケ原に送り出された。


石田三成





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