岡崎城(愛知)

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東名岡崎ICの北西に位置し、徳川家康の誕生で知られる城です。


別名   : 龍城・竜ケ城(りゅうがじょう)
築城   : 享徳元年 (1452年)または、康正元年 (1455年)の説あり
築城主  : 西郷頼嗣 (稠頼)
主な城主 : 西郷氏、松平氏、田中氏、本多氏、水野氏
城郭構造 : 梯郭式平山城
天守構造 : 複合連結式望楼型3重3階 (1617年築・非現存) 復興(昭和34年(1959年)再・RC造)
遺構   : 石垣、堀
廃城年  : 明治6年 (1873年)
指定文化財: なし



明大寺の地に西郷頼嗣 (稠頼) によって築城されたのがそのはじまりです。その後、享禄4年(1531年)に松平清康(家康の祖父)が現在の位置に移して以来、ここが岡崎城と称されるようになった。


竜ケ城(りゅうがじょう)











明治維新を迎えると情勢は変わり、新しい時代には不要とされた城郭の大部分は明治6〜7年(1873〜74年)にかけて取り壊されてしまった。









現在の天守閣は、三河武士の地、岡崎に天守閣がないままではしのびないとする市民の強い思いから昭和34年(1959年)に、ほぼ昔通りの外観の天守閣に復元された物である。


天守閣





三河武士の館 家康館

天文11年(1542年)12月26日徳川家康は、ここ岡崎城内で誕生しました。6歳で織田信秀(信長の父)、8歳で今川義元の人質となり、少年期を他国で過ごしましたが、 永禄3年(1560年)の桶狭間の合戦で、今川義元が戦死したことを契機に自立し、以来、岡崎城を拠点に天下統一という偉業への基礎を固めた。


三河武士の館 家康館





岡崎城公園の敷地内には徳川家康の銅像があり、岡崎城への訪問者を出迎えているかのようです。


徳川家康像





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岡崎城、三河武士のやかた家康館の公式ホームページへは こちら から





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